【23】吉田屋 和光 錦海楼 女将 吉田絹江さん

鳥羽市の人口は約18,000人。1954年に市制が施行され、1977年に国際観光文化都市に指定されています。観光業で働く人が多い鳥羽市が豊かであるためには、どうすればいいのか。何事にもポジティブに取り組む絹江さんは、危機感を持ちながら、女将として、一市民として、そんな課題に向き合っています。

年間430万人の観光客が訪れる鳥羽は、日本有数の観光地です。そのうち宿泊者数は170万人です。鳥羽の人口の100倍にもなる人数を、宿で迎えているのです。また旅館だけでなく、観光業に従事する人は人口の7割で、観光業からの税収が市を支えます。それゆえ、鳥羽では観光誘客を盛り上げていかねばなりませんが、現状のままでは厳しいと感じています。それが数字として如実に表れているのです。5年前には200軒あった宿が、現在170軒。30も減ってしまいました。もちろん、鳥羽の景色や食材など、今のままでいいところもありますが、現状維持ではいけないと思っております。5年先、10年先に同じように宿が減少してしまえば、どうなるでしょう。7割が従事する観光業で食べていけるのでしょうか。現在の鳥羽市の人口は1万8千人を切りました。良い働き手が県外市外へ流れるのは街の魅力に比例していると思います。働き方改革と言われますが、人手不足は死活問題です。観光業が繁盛し、税収アップに結びつく施策を期待したい、そういう意味で今のままではいけないのです。

鳥羽は海女の活躍に力を入れておりますが、170軒の旅館がある鳥羽には、女将もたくさんいます。日本の伝統文化を受け継ぐ女将も「OKAMI」として世界で知られる存在になれば、鳥羽の発信にもつながると考えております。

鳥羽で40年以上過ごす私は、昔の鳥羽はこうだったなと思うことも多くなりました。夏や連休には、車で10分の距離が渋滞で2時間かかることもありました。飲み屋街のネオンが明るい時代もありましたし、鳥羽市の人口は2万3千人程だった記憶もあります。最近、坂手島では子供がいなくなり、小学校がなくなりました。そのうち無人島も出来るのではないかと思ってしまいます。

鳥羽で旅館の女将をするようになり、この先どうなるのか、そんな不安でいっぱいです。宿が減るだけではなく、タクシー会社も撤退してしまいました。この事態は、このままの鳥羽でいいんですと言えない状況です。

鳥羽旅館組合 女将あこや会でも、PR活動を積極的に取り組んでいます。国内のお客様はもちろんのこと、外国人観光客にもお越しいただけるよう、インバウンド対策もしっかり練って、海外PRも強化していきたいと考えています。私は、時間を作って海外へ行くようにしております。初めてマカオへ行った時は驚きました。観光とカジノで税収をまかなっている国ですが、外資系大手が入って、まちをつくり替えました。税金なし、教育費、医療費もなし、そして年間1人あたり約18万円ももらえるのだとか。朝から夜中まで、働き手もあふれています。マカオは一つの参考例ですが、税収が増えて市民が豊かになったことは事実です。

小さな街の中で生活しているだけではなく、視野を広げ情報を収集することも大切です。「人生一回」、後悔しない、思ったことは行動する、やりたいことは挑戦する、無理はしない、前進しかしない、私の生き方です。
いろんなことを吸収し、これからも鳥羽の話題づくりをしていきたいです。
カテゴリー: 女将